バリエーションルート
登山を続けていくとやがて耳にし、意識し始める地名「ジャンダルム」。Wikipediaによれば「 岩登り経験がある熟達者向けである」との記述が。登山技術・経験を高めるごとに悩ましくなる山の目標設定。いつかは点線ルート、いつかはバリエーションルート。そう考える方に、バリエーションルートについて説明をしたいと思います。
低山ハイキングから登山を始め、富士山、日本アルプスと高度、難易度を高めて行き、そして最後に行きつく目標の山に、槍ヶ岳、穂高岳、剱岳を目指される方も多いのではないでしょうか?これらの山に共通して言えることは、高度が高く森林限界を超え樹木も草も生えないないこと。数万年前の氷河時代に厚く堆積した雪が氷の層となり、山を削り続けてできあがった山容。
初めて目にしたときに思うことは、「日本とは思えない」。まるでヨーロッパの山岳地帯に迷い込んだような気分に浸れます。
バリエーションルートとは?
ずばり「一般ルート」ではない道です。
一般ルートとは多くの登山者が利用する「一般的」なルート。昭文社の山と高原地図に赤い線で、国土地理院の地形図でも道としてルートが示されています。一方バリエーションはこれらの地図には掲載されていないルートを指します。
西穂高岳と奥穂高岳を結ぶルートは山と高原地図では点線ルートとして示されています。危険を多くはらむ点線ルートもバリエーションルートと扱われることも多いです。
バリエーションルートは高山帯に限りません。群馬県の妙義山や山梨県の鋸岳などにも高難度の点線ルートが存在します。
もちろん1000m以下の低山にも。標高差があまりなく、日帰りでもチャレンジできるバリエーションルートのことを最近では「バリエーションハイキング」と呼ぶ向きもあります。今回バリエーションハイキングは別の機会とし、日本アルプスや八ヶ岳を中心とした国内の高所ルートを中心に説明したいと思います。
バリエーションルートの特徴
バリエーションルートを目指す方には相応の技術・体力・経験を積んだ上で満を持して目指されることを強くお勧めします。一般ルートと違いバリエーションルートには多くのリスクがあります。
①登山者が少ない
②ルートが不明瞭
③滑落や墜落の危険
④落石の危険
⑤飲食の補給やいざという時に駆け込める山小屋がない
等があります。すぐにチャレンジしたい。その気持ちはしばらくの間胸に秘め、少しずつ難易度を高めステップアップを図ることをお勧めします。
バリエーションルートを目指す前に歩くべきルート
ここでは関東圏発、比較的情報を集めやすいメジャーな一般ルートの名称をご紹介します。
・八ヶ岳、硫黄岳~横岳~赤岳縦走
・八ヶ岳、権現岳~赤岳縦走(赤岳キレット)
・八峰キレット(鹿島槍ヶ岳~五竜岳)
・不帰キレット(唐松岳~白馬岳)
・穂高岳、 北穂高岳~涸沢岳縦走
・大キレット(北穂高岳~南岳)
最低限、これらルートを縦走した上で西穂ー奥穂縦走(ジャンダルム)を目指したい。
技術・体力・経験を易しい順に積み重ねることで、ムリの少ない成長が期待できる。複数の山行を繰り返すことで、できれば回避したい風雨、凍結等の悪コンディションでの山行経験を積むことができる。集大成のチャレンジ登山中にアクシデントの回避策が想定外・初経験と言うようなことが無いよう、やはり場数は重ねておきたいところです。
順を追って難しいルートを選ぶ
登山の楽しみを最大限に味わうには。
難易度を少しずつ高めて行くこと。
いきなり高難度のルートをチャレンジするのは危険を伴うのはもちろん、せっかくの充実感が今後味わえないという結果にも。
例えば、先に西穂・奥穂縦走を経験してしまった人にとって、大キレットを通過してもあまり充実感が味わえない、といったことが起きます。その後に八峰キレットを縦走しても「あ、こんなもんか」という言葉を聞きます。
これまでの自分の努力の集大成となるルート(資源)は限られています。一つ一つ着実にこなし、毎回充実感を味わい、さらには豊富な経験を蓄積していくこと。このことも覚えていただければと思います。
西穂高岳~奥穂高岳縦走(ジャンダルム)
登山を始め、着実に初級、中級、上級コースを不安なく歩けるようになり、上記の高難度ルートを全て経験できたら。次に目指すルートとして西穂奥穂縦走があります。
標準コースタイムは10時間。脚力に自信がある人であっても、団体ツアーの渋滞、鎖場や反対方向からのすれ違いなどから、思うようにスピードを稼げないことが多いです。
一般的な縦走スタイルは、西穂山荘(または穂高岳山荘)に前泊し、夜明けの一時間前に小屋を出発。ヘッドライトの光を頼りに稜線を歩き続けます。西穂山荘発であれば西穂独標で夜明けを迎え、ここからが大縦走の本番となります。
途中に小屋もトイレもありません。ザックの中にあるギアと食料、水分、そして自身の技術と体力だけが自分の命を支えます。
10時間のコースタイムでは途中天気の急変も多々あります。昼頃には飛騨側から霧が沸き上がり、稜線を超える高さに達すると岩場が水分で濡れてきます。濡れた岩場をそれまでに経験しておかないと、かなりの恐怖を味わうことになります。
登山の適期となる8月・9月は頻繁に雷注意報が発令されます。お昼に近づくごとに遠くの雲がもくもくと天高く湧きあがり、遠くで雷鳴が響いたり。たとえ天候が良くても他の登山者が落とした落石がかすめたり、逆に自分が落とした落石が他の登山者をかすめたり。落石をもろに受けた登山者も周囲に多くいます。
一般登山道では考えられないアクシデントに見舞われる確率は高まります。
何よりも10時間の山行は体力を求められます。これまでの登山で8時間は標準コースタイム通りに歩けても、その後急激にペースが落ちる方もいます。無補給で10時間分のルートを歩くとなれば、夏場なら最低3リットルの水分は必要。他に昼食・行動食・非常食と、多くの食料も必要になります。行動不能になった時のビバークの備えも必要。通常の日帰り登山より相当重い荷物を背負っての無補給縦走。
ぶっつけ本番ではなく、同様な装備・無補給で高度の難関ルートを無補給で。相応の経験を積んだ上でチャレンジしたいものです。
ジャンダルム登頂
ジャンダルムに登頂すると天使が迎え入れてくれます。
ジャンダルム登頂後は?
不思議なことが起こります。
登山者として上級者を超え「熟達者」の称号を得た後に訪れる境地。
アルパイン初心者、アルパイン入門者。
ロープなしで登れる山はほぼ行き尽くし、これ以上の難度を求めるとなると。
次はロープワークを覚え、パートナーを見つけ、一緒に練習を重ね、アルパインクライミングのルートを目指すこととなります。
ロープを手にする頃にはすでにアイゼン、ピッケルも手に入れていることでしょう。夏も冬も四季を通じてアルパイン。
私の周囲を見渡せばそのような人ばかりです。そういう自分もその一人です。
山域別の初級バリエーションルート一覧
【八ヶ岳】
・阿弥陀岳 南稜(ロープを用いる核心部を巻くこともできる)
・阿弥陀岳 北稜(積雪期)・赤岳主稜(積雪期はダブルアックスが有利)
【穂高岳】
・明神岳主稜(穂高連邦の中でも不遇の存在。穂高コンプリートの最後の山)
・奥穂高岳南稜(上高地から穂高岳への最短ルート)
・北穂高岳東稜(通称ゴジラの背)・前穂高岳北尾根(渋滞必至の人気ルート)
【槍ヶ岳】
・北鎌尾根(小説 孤高の人や風雪のビヴァークの舞台)
【剱岳】
・長次郎谷(右に八ツ峰、左に源次郎の尾根に囲まれた異空間)
・源次郎尾根(30mの懸垂下降が核心
・八ツ峰(上記の中で最も高難度のアルパイン初級卒業課題)
*北鎌尾根、長次郎谷ではロープ無しでの山行記録も散見されますが、結果的に使わなくともロープは必ず持参すること。もちろん正しいロープワークを学び、頼れるパートナーと練習を積んだ上で挑んでください。
*アルパインクライミングは、これまでの登山(縦走系)とは異なる技術が必要となります。信頼できる経験者からの指導を受けたり、複数回シリーズの講習会に参加したりして正しい技術を学び、インドアジムやゲレンデで練習を重ねた上で、実際の本番(ホンチャン)を目指してください。
*上記一覧のルートの難易度は順不同です。
バリエーションルートを安全に快適に、短期間で登れるようになるノウハウを今後別稿でお伝えしたいと思います。
旅行会社主催の登山ツアーで講師(ガイド)を務める「登山ガイド.net」管理人の 矢ケ崎 晶 です。
一年間に千人超のお客様と登山を楽しんでいます。その際、登山中に受けたご質問を中心に当サイトに記録して参ります。
これからも優しい丁寧なガイドを目指し究めます!