冬山でのビバーク術(冬山で下山不能に。日帰り装備で翌朝を迎える装備と方法)

日帰り装備で ビバークをする方法を紹介します。ビバークの勝利条件は「翌朝まで持ちこたえること」
不測の事態に備え、たとえ日帰りであったとしても、冬山山行における装備を今一度見直してみるのはいかがでしょうか。

厳冬期を含む冬山登山。特に2,000mを超える高山帯における冬山登山は雪に覆われ、夜になれば氷点下となります。
何かのきっかけで下山不能という事態に陥れば、それは生死を分ける大事に発展します。

リーダーはたとえ本人が大丈夫であったとしても、同行者側の理由で下山不能になることも考えなければなりません。

風雪との格闘。立ち止まればたちまち体温を奪われる環境

冬山ビバークの主な原因

◆下山の遅れ
冬期は日没が早く、15時も過ぎれば日も傾き、樹林帯であれば薄暗さも感じる程。森林限界を超えた地点では雪面が時間と共に氷化し、カリカリに固まることも。想定していたコースタイムを稼ぐこともできず、日没と共に行動不能になることも。

◆強風
西高東低のいわゆる冬型の気圧配置下での高山帯では上空の偏西風の影響をもろに受け、歩行もままならない程の強風に晒されます。登山日和とされる移動性高気圧が山域に近づくまでは好天に恵まれるものの、高気圧の中心が山域に達した頃から天気は下り坂に。風が強まり歩行困難に。更にはゴーグルの内側が氷結し使い物にならなくなることも。そして間もなくホワイトアウトに。

◆怪我
アイゼンをひっかけたりしての転倒・滑落。けがの程度にもよるが、自力で歩けないとなれば救助隊が来るまでの間はその場で待機することとなる。

◆病気
山行中、技術的にミスを犯さなくても、持病が発病することも考えらる。特に高齢者の登山であれば、遭難原因の相当数は発病によるもの。心疾患といった重大な病気でなくとも冬山では既往症の発症が行動不能のきっかけとなりますし、発生確率も無視できません。

◆道迷い
山岳遭難における遭難原因のトップは道迷いです。道に迷ってしまったら・・・様々な対応方法がありますので、それを忠実に実施していただきたい。また、道迷いが発生しないよう、これも数ある予防策を実施しながら登山を進めてください。
それでも道に迷ってしまったら。少しでも早く救助要請をすることが無事救出の確率を高めます。

救助要請

自力では無事に下山できない状況に陥った場合、救助を要請することになります。

救助を要請した時刻や気象条件により、救助隊が速やかに現場に到着できる場合もあれば、その日は現場に近づけないこともあります。日によっては数日間近寄れないことも。

救助隊員が助けに来てくれるまでの間、パーティーはその場で救助を待ち続けなければなりません。

夏山では考えられないトラブルが冬山では発生することも。また、一度トラブルが生じてしまえばその後の挽回が困難なことも、冬山の難しさであります。


ある山岳救助隊長から頂いた話を紹介します。道迷いによる捜索で、生きて発見される確率は性別により大きく異なるとのこと。死体で発見されるのは男性が圧倒的に高く、女性は救助されることが多いそうです。
隊長によれば、「女性は早めに救助要請をする」「男性は自力で挽回しようと救助をためらう」「捜索する側からすれば、死体を発見するよりは生きて救助をする方がどれ程嬉しいことか」
賛否は分かれると思いますが、やはり生きて下山をすることが迷惑を軽減できる。私はそう考えています。

ビバークの手順

①ビバーク判断
②安全確保
③風を防ぐ
④保温・加温
⑤救助要請
⑥補食

大きくこの手順となります

①ビバーク判断

ビバークとは翌朝まで行動を中止し、現場で停滞することです。ビバークをすることが功を奏するかどうかを、ビバークの準備をする前に判断する必要があります。

雪上訓練でビバークの練習を重ねたからといって、やみくもにビバークを試すのではなく、本当にビバークをすることが正しい判断なのか?多くの判断材料を元に、冷静に判断、決定を下してください。

雪上訓練はあくまで訓練。コーディネーターがビバークしやすい場所や条件をお膳立てしてくれている事を意識してください。実際の遭難現場はそのような「ビバークのしやすい場所」とは限りません。

ビバークせずに、手段を選ばずこのまま下山した方が生存確率が高い状況であれば、ビバークはやめるべきです。

夜を明かさなくともツェルトを張って大休止。保温、食事を採り十分な休息を取った後に下山開始という選択肢もあります。防寒着を着込み、最小限の食糧をポケットに入れ、その他の装備はその場に捨て去り、空身で下山することで生存確率が高まるケースもあります。

ビバークの原因とパーティーの力量・余力、置かれた環境を正しく認識し、確実に下山できる合理的な方法をリーダーは判断しなければなりません。

◆判断材料
・安全地帯までの距離、コースタイム、登山道の状況
安全地帯とは山小屋や下山口のことです。トラブルが生じたメンバーが全員確実に下山ができるか?疲労度・体力は?技術、装備が備わっているか?

・翌日以降の天気
山深い場所に居ながら翌日もその翌日も山域の天気が荒れるのであれば、1泊だけのビバークは無意味です。燃料・食料の残量によっては行動不能者をケアしながら速やかな下山も必要になります。

・警察への連絡
警察に電話をし、救助要請前に相談を開始する。
この山域に自分たちがいることを事前に知らせる。
救助要請一歩手前であることを伝え、提出済みの登山届(登山計画書)の提出先( コンパス、警察署へ郵送、登山ポスト等)など登山届が識別できる情報や現在地と共に、パーティーの状況を伝える。
もし救助を要請したらいつ現場に到達できるか?などの情報を聞き出すことができればビバークをするかの重要な判断材料が得られます。
日没近くの救助要請では遅すぎます。午前中、昼前、昼過ぎ、少しでも早い時間帯での連絡が大切です。
通報には説明に時間を要することも多く、その間、メンバーを強風に晒さしながら立ち止まれば、更なる衰弱を招きます。風雪の弱い場所を探し、メンバーに上着を着用させたりツェルトに包まるよう指示し、暖かい飲み物を飲ませたりしながらの連絡をするべきです。

※110番通報をした場合、所轄の警察署からのコールバックとなり、その場で待機を要請されます。直接所轄の警察署に連絡するという方法もありますが、スマートフォンからの発報であれば現在通報位置通知機能により容易に現在地を把握して貰えます。110番をする際はスマートフォンのGPS機能をONにしてください。谷筋などGPS信号が十分に受信できない場所では伝わらない可能性もあります。その場合はあらかじめ地図等で現在地を把握の上で連絡をしてください。

難しい判断を迫られますが、ビバークをする前に、ビバークをすることが良いことなのかを改めて判断してください。
進退窮まってから判断をするのではなく、トラブルが生じなくとも、登りながら・歩きながら、「今ここでトラブルが起きたら・・・」と考えながら歩くべきです。「行動不能者が発生する前に登頂をあきらめ下山を開始する」冬山では常にそう考えながら山頂を目指していただきたいと思います。

②安全確保

ビバークをすると判断したら、先ずは安全確保です。翌朝までの半日間、より確実に危険から退避できる場所を探し出します。
・雪崩・落石が起きない場所
・少しでも風の弱い場所、突風で吹き飛ばされない場所
・吹き溜まりなど、雪で埋没しない場所
・スマートフォンの電波が強く届く場所
・傾斜の少ない場所


どこでも良いわけではなく、少しでも安全を確保できる場所を見つけ、その場所でビバークの準備を開始します。またパーティー全体の飲料水が少ない場合は雪の確保が容易な場所を選ぶことも必要です。

③風を防ぐ

最も効果的なのは雪洞を掘り、その中で朝を迎えることです。
ただ、冬山でも雪洞が掘れない場所も多くあります。 雪の付かない強風地帯、穴を掘ってもすぐに崩れる乾雪、逆に雪が堆積して氷の様に固くスコップでは歯が立たない場所などです。

この記事ではツェルトを用いたビバークを説明します。

細引とツェルトを用い、テント状の空間を作ります。森林限界以下では樹林を利用して細引きでテント空間を確保します。森林限界より上の樹林帯の無い場所では ピナクルやハイマツなどの利用となります。強風下でのツェルト構築は高い技術が必要です。
2)の安全確保でビバークに適した場所を見つけだせたかどうかで完成までの所要時間は大きく変わります。無理してテント状の空間を作ろうと時間を要するよりも、先ずはツェルトに包まるなどして早急にに風に晒されている状態を防ぎ、体力の消耗を防ぐ必要があります。

④保温・加温

ビバークを判断する直前までの行動や風速・気温によって、保温・加温の必要性は大幅に異なります。特に、行動不能者が出現し、他のメンバーがビバークの準備をした場合、作業に参加できなかった行動不能者は運動量の不足で低体温症リスクが高まります。その場合はツェルト内で早急な保温、加温が必要です。

・濡れている衣服やグローブ等があれば乾いたものに着替えたり交換する。特に靴下が濡れていないかは十分にチェックを。濡れたままビバークすれば凍傷を負う可能性が高まります。
・ザック内にある衣類は全て着込む
・サバイバルシートや銀マットなどがあれば体に巻き付けたり床に敷く。身体に巻き付けたシートはその上から細引きやスリングなどで筒状にし、体温の放射を極力減らす
・飲料水などの液体をバーナーで温める(ツエルト内で火器を点火すれば、ツエルト内の温度は急激に高まる)
・飲みやすい温度に温まった所で飲む(チョコレートやぶどう糖菓子などの糖類を溶かして飲めばエネルギー補給も兼ねる)
・残りの液体類を全て温め、水筒(ナルゲンボトルやプラティパス、ペットボトルなど)に入れ、湯たんぽとして上着やズボンの中に入れる(胸部、脇の下、鼠径部付近に)
・カイロ類があれば使用する

⑤救助要請

パーティーの人数や余力にもよりますが、上記1)~4)が完了した時点で救助要請をします。上記に時間がかかるようであれば救助要請を繰り上げても構いません。人数が多ければツェルト構築の最中に並行して救助要請も可能です。

大事なことは全員生きて下山ができることです。そうなるよう、現場で最も適した判断をしてください。

⑥補食

ここから先は長期戦です。午後6時であれば短くても12時間。半日以上は持ちこたえなければなりません。冬山でのビバークは劣悪な環境下での生命維持活動となります。放射・伝導などにより体温は長時間に渡って奪われ続けることになります。救助が来るまでの間、自ら体温を産生し続けるためのカロリーを補給し続ける必要があります。行動食の残りや非常食を食べ、体温の維持、体力を回復・温存するようにしてください。
必要に応じてツェルト構築前や作業中でも行動食を採ってください。

快適なビバーク環境

上記1)~6)の行動が完了すれば、生命の危機は当面脱したと言えます。次に、ビバーク環境の最適化を開始します。

◆ツエルト内に侵入する風を防ぐ
◆火器や体温にで暖めた室内の空気を極力逃さない
◆雪面からの伝導による体温低下を防ぐ
◆リラックスできる環境で疲労を回復する

・ツェルト空間をより広くする。場合によってはツェルトの外に出て細引きを張り直したり細引きを増やしテンションを加えます。風によるバタつきを抑えることで、空間の保温性が増します。

湿雪であれば、ピッケルやスコップ、雪中に埋めたアイゼン・ヘルメット、雪を詰め雪に埋めたビニール袋も支点に活用できます。スコップで雪のブロックを積み上げツェルトの周囲を雪壁で囲むのも有効です。

・ザックの中身を効果的に床面に敷き詰めます。スペアの手袋、バラクラバ、ネックウォーマー、予備の食糧などかさばるものをスタッフバッグ等の袋に入れ、雪面と身体の間に空気の層を作ります。身体が接地する場所に集中するようにします。登山用品店で売られているウレタン系の座布団を臀部に敷くことで効果的に雪面からの伝導を遮断することができます。クライミングロープがあればそれを編み、 ロープ担架を作り、折りたたんで敷くのも効果的です。就寝前までは臀部を厚く、就寝時は臀部に加え、背中、肩にも空気層ができるよう、折りたたんだり重ねてあった物を効果的に広げます。

・爪先や指先など身体の末端にカイロを忍ばせます。爪先には使い捨てカイロよりもハクキンカイロのような触媒型カイロが熱量も多く効果的です。

・防水袋(スタッフバッグ)やビニール袋など袋状のものを重ね足部にかぶせる。重ねることで空気の層ができ、より保温効果が高まります。更にザックをかぶせればより効果的です。ザックは足にかぶせる場合と背面に敷く場合と2つの使い道があります。感じる寒さにより、どちらが効果的かを選んでみてください。

・ツエルト内の室温が下がり始めたらバーナーを点火し、保温に努めます。湯たんぽの中の液体をコッフェルに戻し定期的に加温します。 テルモスの湯は飲みやすい温度に抑えたいが、ツエルト周辺に雪が多ければ沸騰させた状態で注ぎ、飲用時は熱湯に雪を溶かしながら適温で飲む。

・スマートフォンの充電をする。警察からの連絡を逃さぬよう機内モードやマナーモードは解除する。

メンバーへの留意

低体温症の発症を注意深く観察する。動作(特に細かい作業)や会話に不自然さはないか(低体温症の初期は不平不満が増えると言われています)。意識は明瞭か。震えはないか。

低体温症が進行すれば意識は混濁し、震えも起きなくなります。山中のビバークでこのような状態になれば手のつけようがありません。そうなる前にメンバーを相互に観察し、効果的な加温と補食を行います。

指先や爪先が真っ白になっていたり水膨れができたりといった凍傷が発症していたりしたとしても、救助が来るまでの間はたたいたりこすったり加温解凍をしたりしない。一度加温解凍しても、再度凍結すればさらなる悪化を招くため。こちらもそうなる前に十分な観察と予防に努めてください。

・意識が正常な状態(体温が36℃以上)であれば、睡眠を取って良い。(寝たら死ぬというのは間違い)

・大量の飲酒は勧められない。尿意を招くため。放尿の度に暖められた体内の水分が放出される。
体力、燃料、食料、水分全てが充実していないのであれば、飲酒は控えるべき。


冬山登山で持参すべき装備

◆A:最重要装備(冬山日帰り登山でも必須の装備)
・ツエルト・細引(パーティーの人数分必要。寝そべられなくとも、体育座りで一夜を過ごせればよい)
・雪山であればスコップ(一人一本)
・火器(ガスバーナーとガスボンベ、コッフェル、カップ)
・水筒(ナルゲン、プラティパス等を湯たんぽに使用)
・ダウンジャケット等の防寒着(山の高度や気温・天候により、出発前に適切な保温力のものを選ぶ)
・レスキューシート(厚手で何回も使えるタイプが良い)
・テルモス(毎回沸かさなくてもこまめに体内からの加温が可能に)
・非常食(より高カロリーな食品)
・飲料水等の水分(ビバーク開始まで凍結させない工夫が必要)
・モバイルバッテリーと充電ケーブル(雪がかからないよう防水状態を維持)

上記はどれ一つ不足があってもビバーク時の生存確率を著しく下げてしまう。日帰りであっても低山であっても冬山では必ず持参したい。自分の為だけでなく、同行するメンバーの為にも。

◆B:重要装備
・折りたためる薄手の銀マット(ペラペラで軽量・180㎝ x 90cmサイズ。床面に敷いたり、ジャケットの中や外で巻くことで保温性を向上できる)
・使い捨てカイロ(大、小x2枚、足用)
・特大ビニール袋を複数枚(自治体指定ごみ袋等。雪面と身体を遮断し水濡れを防ぐ)(足元の保温や、床に敷き詰める物の防水袋としても利用できる)

上記は重量もかさもどちらも軽微なもの。季節を問わず常にザックの中に常備しておきたい。

◆C:持つべき装備(生存確率を高める。ビバーク環境を快適にする装備)
・座布団(ウレタン等の断熱防水素材のもの)
・スタッフバッグ(防水袋)(膝上はレスキューシートを、膝下は防水袋とザックをかぶせることで、簡易的シュラフにすることができる)
・ハクキンカイロ、燃料、ライター(使い捨てカイロに比べ大きな熱量をもつ)
・ローソクとライター(バーナーの燃料が尽きても空気を温めることができる)
・替えグローブ・ネックウォーマーや替えの靴下・タオル(温泉セット)など(雪面と身体の伝導を防ぐために使用)
・予備の細引(レスキューシートを寝袋状にしたり、ツエルトの形を整え補強するために使用。2mmでも十分な強度。10mあっても価格・重量は軽微)
・空きペットボトル(湯たんぽ用)
・予備燃料(パーティーで1つでも余分に持つ。1人1泊につき1缶あれば保温、調理、雪からの水作りで必要十分・快適に過ごせる)
・高カロリーな非常食。(チョコレート、羊羹、ブドウ糖・ラムネ菓子など水溶性のものは、衰弱したメンバーにも与えやすい)
・鷹の爪(種入り)
・割りばし数本(ペグ代わりに)
・ゾンデ棒(雪洞時にツエルトを入口にふさぐ際のカーテンレールに有効)


※防寒着と食料・水分は「結局使わなかった」と毎回言えるよう、常に余分に持参することを同行するお客様やメンバーに伝えています。軽量化には反しますが、「数百グラムの重量を惜しまない体力」をつけていただき冬山にご案内しています。

最後に

どんなに山行回数を重ねても、冬山では想像を超えた・想像を絶する厳しい環境に遭遇することがあります。
また、自分は平気であっても同行したメンバーが行動不能に陥れば、究極の選択を迫られることになります。パーティーを分解(残置)するか、それとも行動不能者に付き添うか。

一番良いのはビバークをしないこと。ビバークをする前に下山を開始し、パーティー全員が無事下山すること。しかし想像を絶した環境に初めて遭遇すればそれも叶いません。そのために、今回のような「非常時」を予め想定した準備も必要になってきます。

身軽さを極力犠牲にせず、普段から持ち歩く装備の他に少しだけ有用な装備をリストアップし、その効果的な使い方をまとめてみました。

ただ、「ビバークすれば翌朝には必ず救助が来る」というのは間違いです。救助は必ず翌朝、翌日中にやってくるとは限らない。ということを多くの方に知っていただきたく思います。

ではどうすればよいか?
登山計画の段階で。登山中に。トラブルの予兆が現れた時。様々な時に思考を巡らせ危険地帯からの安全な撤退方法を考え続けていただきたく思います。

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