苦しめる山。

山に登る理由。「苦しみたい」「自分をより苦しめたい」

ついついくすっと笑ってしまうセリフです。しかしこのところ、このようなご意見をお客様が話される事が多いのです。

「そんなに苦しみたいですか?」
「はい苦しみたいです。どこがおススメですか?」

長い列となるツアー登山。先頭のガイドと2番目のお客様との間で、そんな会話が繰り広げられていることも。その会話が聞こえた3~5番目のお客様からも、うなずきや「私も知りたい」というご意見が聞けます。

今回、苦しめる山と題し、あなたが存分に苦しむことができる山を取り上げてみたいと思います。

登山ガイド=マーケティングリサーチャー

登山ガイドの仕事に就いてから、多くのお客さんと会話をしています。ツアー内容にもよりますが一日4~8時間。宿泊を伴うツアーでは起床から消灯まで、歓談も入れて一日中、お客様とコミュニケーションを取っています。お客様の人数は毎回15~25人。全員くまなく、とはいきませんが、多くのお客様と会話できるよう、工夫をしながら山の中で立ち回っています。

私がお客様に聞く質問は、「これまでに登った山」、「これから登りたい山」。会話が盛り上がれば更に、「何をきっかけに登山を始めたのか?」「これからどんなスタイルの登山をしたいか?」「登山を通じての目標」「なぜ登山を続けているのか?」など、お客様が不快にならない程度にインタビューを続けていきます。お客様の意見を理解した上で、お客様に役立つアドバイス。登山技術やオススメの山の紹介などお客様により喜んでいただける情報を提供しています。

登山ガイドは数十・数百人のお客様と山の会話を繰り返します。お客様が何を求めているのか?どんなツアーを求めているのか?を知り、それらの情報から、どのようなガイドを必要としているのか?様々な考えを巡らせています。

「私、苦しみたいんです」

ストレートなご意見をいただいた。

そんな事を口にするような方には見えなかった。
この方は山を始めて間もないながらも、自身の目的を明確に定め、目標達成に向けて努力を始められています。

「オススメの山、ありますか?」

普段であれば、質問された方の ①これまでの山行 と ②目標の山 を伺った上で、①と②の中間に存在する山を、難易度順にご紹介し、その実現手段をアドバイスします。

しかし、この質問には面食らった。想定していなかった質問であった。山を知らせる前に、その先の延長上にあるゴールがどこなのか?これを知らねばなんとも答えられない。そんな good question、よくぞ聞いてくれた!と思った。

世の中間違いなく、「山で苦しみたい」人がいる。

ただ一方で、苦しみだけではどうかと思う。親心。苦しみを感じる分、わずかでも喜びがあって欲しい。喜びが全くいらないということは無いと思う。非常階段を上り下りするだけではつまらないのと一緒。

今回、苦しみたい人(マゾヒスト、ドM、変態さん)に、以下の「苦しめる山」リストを捧げたいと思います。

※2021/11/17現在、書きかけの状態にて投稿します。今後写真を追加したりし完成させたいと思います。

三大急登(要体力)

三大〇〇。登山界にもあります三大。
中でも、三大急登というのがあって、有名どころでいえば

・北アルプス三大急登
・日本三大急登
・奥多摩三大急登

というカテゴリーがあります。登山に限らず三大〇〇というのは自然発生的に上がってきて定着したものが多く、定義はあいまい。三大といいながら4つ以上あることも。

◆北アルプス三大急登
・剱岳・早月尾根
・烏帽子岳・ブナ立尾根
・燕岳・合戦尾根
・笠ヶ岳・笠新道

◆日本三大急登
・谷川岳・西黒尾根
・烏帽子岳・ブナ立尾根
・甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根

◆奥多摩三大急登
・鷹ノ巣山・稲村岩尾根
・本仁田山・大休場尾根
・六ツ石山・水根ルート

急登とは登山道の斜度が急であったり、高低差が大きいルートを指す。実際に登ってみればわかるが、三大に数えられるルートよりもより急な登山道やコースタイムの長いルートも存在し、歩き終わってみたら「なんか〇〇の方がもっとキツかったよ」と思う事もあるかもしれない(合戦尾根など)。一方、急登を終わらせてみても、急登はそこから始まる超大なルートのごく一部だったり(裏銀座ルートの序盤であるブナ立尾根など)。

全てのルートが初心者でも簡単に登れるわけではないものの、いずれこのルートを歩く時が来る。その時の為にも、こういったカテゴリーがあり、これらの山・ルートの名前と場所を覚えておいていただければ、と思います。

三大急登の一角を切り崩せば、もう一つ、と欲が沸き、あと一つとなれば今シーズン中にやっつけよう。そんなモチベーションにつながるかも。しかも三大をクリアすれば、大きな達成感と自己変革感を味わうことも可能に。計画的に三大急登を制覇して、心の中で「苦しみぬいた快感」と「ちょっと威張れる気分」を味わっていただければと思います。

三大キレット(要登山技術)

キレットとは、山の稜線 ルート上で急に切れ落ちた箇所を言います。遠くから山の稜線を見るとその「切れ落ち」はまるで、スイカを一口かじった時の歯形の様な形。三大キレットはいずれも3000m級の高山帯にあり。右も左も崖という稜線ルートの途上に現れます。これまで歩いてきた自分の背後以外、「右も左も前も崖」、という厳しい難所。これが三大キレットです。

◆三大キレット
・八ツ峰キレット(五竜岳ー鹿島槍ヶ岳 間)
・不帰キレット(白馬岳ー唐松岳 間)
・大キレット(北穂高岳ー南岳 間)

これらはそこに行くまでも相応の急登。キレット通過後の下山も相応の行程。なによりもキレット通過時の高所感。慣れない人には苦しいでしょう。更には雨、風が吹けば、より苦しめる。通過中に初雪舞えば、さらに苦しめると思います。

ただ、技術を伴わない方が安易に向かえば、苦しむことなく死ぬこともあるので、登山初心者・初級者には「苦しめる山」としてはオススメできません。

山のグレーティング表やグレーディングデータを見ながら少しずつ地道にレベルアップ計り、自他ともに安心できる程の経験を積んだ上でキレットをチャレンジしていただきたいと思います。

少なくとも2泊3日。悪天候の予備日を入れれば年間でもそうチャンスはないこのルートは、やはり将来の集大成にとっておき、いざアタックする日が訪れたら、余すことなく苦しみ抜き、快感をむさぼっていただきたいと思います。

富士山(集中して苦しめない)

コロナ前であれば・・・
山小屋の混雑、多くの決まり事とベルトコンベア式の夕食、オイルサーディンの缶詰のような睡眠環境、高山病の発症、23時起床0時前出発、9合目以降の渋滞、頂上到着後もご来光の出待ち、0度近くまで冷え込む寒さ、頂上の飲食店の従業員の悪態・・・1/3の確率でせっかく登ったのにご来光見れず。

富士山ツアーで多くのお客様と悲喜こもごも、色んな感情を共有しました。

純粋な気持ちで山を「苦しみたい」という方に、「苦しみ」目的での登山に富士山は正直お勧めできません。多くのお客様から出るご不満は「苦しみ」というよりはストレスです。

どうせ行くなら、ガイドツアーで初中級の山の経験を積み、体力をつけて、満を持して個人で日帰りでチャチャっとやっつける。一人でも友達とでも。その方が心して苦しめる登山を味わえるのではないかと思います。富士山は。

もしも富士山で苦しみたい、という方がいらっしゃるのであれば、オススメは御殿場コースです。
標高差は2000m超え。山小屋も登山者も他のコースと比べればまばら。日帰りであれば山小屋生活での無用なストレスも避けることができる。保険を掛けるという意味で「ご来光」は諦めた方が無難。何よりも体力面でいえば「上級者」「健脚者」向けであり、それ以下の人では頂上にはたどり着けないことを、事前に地図をよく読んで計画を立ててください。

富士山御殿場コース日帰りピストン。これを達成できれば、今後富士山を見る度にあの苦しみを思い出すことができます。富士見町、富士見台、ふじみ野、富士見橋・・・富士山を見なくてもその場所にいるだけでこの苦しみを思い返すことができる、ある意味お得な山・コースかもしれません。

ジャンダルム・西奥縦走(派手な山)

登山を数年続け、次々に有名な山に登ってきた。そして自分の登山スタイルも確立してきた。

・私ってどうやら岩っぽい所が好きみたい
・八ヶ岳でも硫黄岳と赤岳縦走(横岳)が楽しかった
・山の中でロープや腰回りにガチャガチャぶら下げているクライマーをみてカッコいいと思ってしまう
・ボルダリングが好き(またはやりたいと思っている)
・一応三大キレットは無事終わらせた

そんな方はいずれジャンダルムを目指すことと思う。

標準コースタイムで片道10時間。途中に水場トイレ山小屋はなし。神経をすり減らす鎖場、ナイフリッジの数々。雨・風・雷の影響をモロに受ける。毎年多くの事故がある。

登山上級者の卒業試験、ともいえるジャンダルム登頂、ウマノセ通過。その道は険しく過酷。アタック中、運悪く天候が持たなければ容易に遭難に発展するでしょう。様々な登山をしてきた人がようやく辿り着くこのルート。緊張感の連続である。人によっては「息つく暇もなかった」などと表現する人も多い。この瞬間の連続、このアタック中の時間に感じる感情こそが、苦しみなのかもしれない。

ただ、毎年多くの事故が発生し死者も出ているこのルート。くれぐれも未熟なままで入り込まないように。

西穂山荘を夜明け前に出発し、西穂高岳本峰、天狗岳、ジャンダルムを過ぎ、眼前に奥穂高岳が迫る中最後で最強の難所、馬ノ背越え。感極まって泣き出す人もいる。そんな姿を奥穂高岳の山頂いる登山者が見守っているかも。無事馬ノ背を通過し奥穂高岳山頂に到着すれば、一般登山者から祝福の拍手を受けられることも。これまでの苦しみが喜びに昇華する瞬間でもある。

渋い山(この苦労だれにもわかってもらえない?)

笊ヶ岳

ピンと来ただろうか?南アルプスにある笊ヶ岳(ざるがたけ)だ。

登山口から頂上までの標高差

・2000m超

それなら他にもいろいろある。だが、しかし

・トイレ無し
・山小屋無し
・水場も無い(に等しい)

唯一の慰みは登山客が少ない、というところだろうか。

一般道を登り始め稜線に到着し、最初のピークが布引山。そこからさらに北上して2629mの頂上を踏む。当然テント泊となろう。それが嫌なら日帰りとなる。標準コースタイムは往復20時間弱。走らなければ難しい。

苦しい。どちらも苦しい。

標高差だけを味わうなら高尾山を5往復すれば疑似的に同等の苦しみを味わえる。但し売店での補給なし。テント装備一式を担ぐ。夏場であれば一人3~5ℓの水も担ぐ。それで高尾山5往復。

誰にも分ってもらえない苦しみ。それでよければこの山をオススメしたい。笊ヶ岳。
人は少ない。熊もいる。できればソロではなくパーティーで登って欲しい。訓練も登山計画も綿密に。

笊ヶ岳を登った人に、私は「ツワモノ」の称号を差し上げたい。

明神岳(渋・派手 兼備の山)

「どこ?」

多くの登山者が思うだろう。

ガイド「あそこです。」「河童橋から見えるあの山」

苦子「奥穂高岳?」

ガイド「いいえ」「もっと近くの山」

苦子「どこそれ?」

そんな山が明神岳です。

穂高岳。実は多くの山から構成される連峰。北穂高岳、涸沢岳、奥穂高岳、西穂高岳、前穂高岳。

山手線ゲームをやれば最後に出てくる、又は最後まで出てこない穂高岳。それが明神岳。ちなみに山と高原地図を読んでもルートは書いてない山。上高地の河童橋から年間数十万人が明神岳を眺め、写真に収めていながら、その知名度は限りなくゼロ。

明神岳は苦しめる。体力をつけて、ガイドを雇って、好天の日を選び、万全の体制で挑むべき山。

朝イチ到着のバスで上高地入りし、岳沢小屋を目指す。天然クーラー付近、なんの標識もない踏み後が明神岳主稜の入り口。この山のスタート地点は完全なバリエーションルート。懸垂下降やスタカットビレイといったロープワークの訓練を繰り返して挑む山。

これまでに挙げた山と異なり、明神岳山頂に続く道は全てバリエーションルート。週末でも山中で人と出会うことは少ない。テントを担ぎ、道なき道、多くのピークを越え、Ⅱ峰からの懸垂下降がこの山旅のご褒美。高所恐怖症の人には無理。そもそも訓練すらできない。

穂高神社のご神体こそがこの明神岳。ご神体を登る。しかもほぼ貸切で。晴れている日を選びたい。周りは穂高岳連峰、焼岳、常念山脈。ひと気のない踏み跡を重い荷物を担ぎながら一歩一歩足を進め高度を稼ぐ。時々背後を振り返れば、上高地、帝国ホテルの赤い屋根が小さく縮んでいくのが分かる。適地を見つけてテント泊。風がないことを祈りたい。たっぷり書いた汗、腹をすかせた身体に、山料理と適量のお酒。夕暮れは目の前のジャンダルムを輝かせる。やがて西奥稜線がシルエットとなり夜のとばりが下りる。月夜なら一晩中穂高を眺められる。闇夜なら満点の星空と流れ星。

好天の日を選ぶこと。地獄のような苦しみを味わい天国のような美しい夜をむさぼり、翌朝また幾つもの峰を登る。途中2回の懸垂下降を含め。明神岳は通過点。最終ゴールは前穂高岳。きっと充実した苦しみを味わえると思います。

ディープ&ロングトレイル

別稿にて解説をしたいと思います。

・八ヶ岳縦走(観音平~蓼科山)
・立山薬師岳縦走
・表銀座・裏銀座
・雲ノ平
・下ノ廊下
・栂海新道
・読売新道

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